昔ね、会計事務所で働いてたときにね。
そこは10人くらいの、小さな事務所だったんですけど、
とっても優秀な女の人がいたんですよ。
20代後半くらい。慶應出身。
いつもニコニコしてて、人当たりもよくて。
当時の私は、税理士試験にまだ1科目しか受かってなくて、受験を始めて3年目くらい。
そろそろ働かないとなーと思って、そこの事務所に入所したんです。
たしか彼女は、3科目くらい合格してたような記憶があります。
でね。
当時の私は、いろんなことにコンプレックスを抱えてた時期だったから、
彼女が、やたらと眩しく見えたんですよ。
学歴。
合格科目。
人当たりのよさ。
社会人としての振る舞い。
なんかもう、いろいろ。
私は劣ってるなーって、勝手にひがんでたんです。
劣等感、感じまくり。
しかも、周りの友達はみんな新卒で、しっかり社会人になってて。
OJT研修とかも受けて、
敬語とか、名刺交換の仕方とか、そういうのもちゃんと習ってるわけです。
でも私は、その間ずっと専門学校で勉強しかしてない。
だから事務所に入って、
電話に出ることすら怖かった。
お客様がピンポーンって来ても、
敬語を間違えたら失礼なんじゃないか。
変なこと言ったら恥ずかしい。
そんなことを想像すると、怖くて出られないんですよ。
ぺーぺーの新米が、何もできない。
でも、すごく強がってたから、
「わかりません」も言えない。
帳簿を見てて、わからないところがあっても先生に聞けないんです。
「お前、2年も勉強してきて、こんなこともわからないの?」
って思われたくなくて。
だから必死で、
過去の帳簿を穴が開くほどジーッと見つめてるわけです。
先生に聞けば5分で済むことを、
1時間、2時間かけて睨めっこしてる。
プライドばっかり高いんですよ。
今思えば、
めちゃくちゃ扱いにくい社員だったと思います。
でも、そんなめんどくさい私に対して、
慶應の彼女はいつも優しくて。
空気を読んで、
「クラゲちゃん、わからないことない?」
って気遣ってくれるわけです。
なのに、
「大丈夫です」
とか言って突っぱねちゃう。
なんか、彼女に聞いたら負け、みたいな。
よくわからないところで、
一人で勝負してるんです。
資格を持ってない私には、
価値がない。
どこかで、そんなふうに思ってたんですよね。
それから何年か経って。
私は、まったく別の場所で、同じようなことをやらかします。
フラワーアレンジメントが趣味なんです。
色とりどりの花を、
オアシスといって、水を吸ったスポンジにぶっ刺していくやつ。
(いいかた)
お花を触るのがすごく好きで。
とっても癒されるんです。
それでね、
一度ちゃんと学んでみたいと思って、近所のカルチャーセンターに行ったんですよ。
大きなフラワーアレンジメント協会が主催していて、
資格を取るコースでした。
毎回、テーマがあるんです。
今日はラウンドを作ってみましょう。
今日はスクエアの型を作ってみましょう。
みたいな。
最初は楽しくやってたんですけど、
ある日、たまたま他の受講生がいなくて、
先生と私、二人きりだった。
しかもその日のテーマが、
私の苦手なひし形。
先生が、じーっと私を見てるんですよ。
でね。
私、
一本のカーネーションを持ったまま、
フリーズしたんです。
5分でも、
10分でもない。
50分。
ひし形どころか、
一本もオアシスに刺せなかった。
ずっとカーネーション持ってた。
それ以来、
その教室をやめちゃったんです。
行くのが怖くなっちゃって。
でもね。
やっぱりフラワーアレンジメントは好きなんですよ。
だから今度は、
私の大好きな、センスのいいお花屋さんがやってる教室に通い始めました。
そこは、
フリースタイルのレッスン。
お店の中から好きなお花を選んで、
花器も自由に選んでいい。
好きなだけ、
好きなようにアレンジしていいんです。
そしたら、
楽しくってたまらない。
夢中になって花を触ってたら、
先生が言ったんです。
「クラゲさんは、本当に楽しそうにアレンジするのね」
「まるで、一本一本、花が喜んでるみたい」
って。
先生もすごく褒め上手な方で、
「絶対プロになれるから、プロコースに入らない?」
って勧めてくれました。
うれしかった。
でも、その瞬間。
あの記憶が蘇ったんです。
プロコースに進むためには、
型を習得しなくちゃいけない。
値段に応じて、
使う花も選定しなくちゃいけない。
その説明を聞いて、
思ったんです。
私、これ、無理だ。
また動けなくなる。
やっぱり私は、
どこかに制限が入った途端、
窮屈になっちゃうんです。
資格という制限。
型という制限。
プロという制限。
このフィルターが一枚入っただけで、
途端に頭の中がフリーズする。
死んじゃうんです。
創造力とエネルギーが。
会計事務所でも、
フラワーアレンジメントでも、
私はずっと同じことをやってたんですよね。
「ちゃんとしなきゃ」
「正しくやらなきゃ」
「できる人にならなきゃ」
そう思った瞬間、
動けなくなる。
人に聞けば5分で終わることに、2時間かける。
好きだったはずの花を、
一本も刺せなくなる。
何十年もかかって、
ようやく自分というものがわかってきました。
だからね。
このSubstackを始めるときに、
ひとつ決めたんです。
型から入るのは、やめようって。
成功法則を学んでから投稿するとか。
週に何回投稿するとか。
毎週何曜日に更新するとか。
そういうことを、
先に決めない。
もちろん、
それが悪いわけじゃない。
型があることで、自由になれる人もいる。
でも私は、
一本のカーネーションを持ったまま、50分固まる女なんです。
自分を動かすために作ったはずの型で、
自分が動けなくなる。
だから今は、
書きたいときに書く。
描きたいときに描く。
くだらないことを思いついたら、
世に放つ。
昨日と言ってることがちょっと違っても、
まあ、いい。
たぶん私は、
自由にしておいた方が、よく動く。
そんな自分の取扱説明書を、
何十年もかかって、
ようやく読めるようになってきた。
ほんと、生きにくい人種です。
購読すると、ときどき変なクラゲから手紙が届きます📮🪼
※副作用として、人生の見え方が少し変わる場合があります💊



あー。わかりみー。
型にはめたり、誰かの正解に当てはめる時
創造性を制限されて動けなくなりますなぁ〜🥸
サブスタは、型がなくても許される、
そんな、凪のような心地よさ。
誰かの世界を批判する方がカッコ悪い。
そんな感じが、心地いいよね🌈✨✨
私も似たようなところがありますよ。
他人の作ったルールに合わせるのが苦手なんです。
なので、いつも我流です🤣